「どうにもならない事があっても…」じいちゃんがくれた言葉

「どうにもならない事があっても…」じいちゃんがくれた言葉

 

「自分の頑張れる範囲で精一杯やるだけ」

 

じいちゃんの葬儀が無事終わりました。

 

正月はまだまだ元気で、闘病生活が2ヶ月程度で済んだのはよかったかもしれません。

けど食べられず、動けず、そしてなによりも話せないことが辛かったでしょう。

意識はしっかりしているのにも関わらず、伝えたいことが伝えられないもどかしさは計り知れないものがあったと思います。

 

お通夜から葬儀を終えるまで、何度もじいちゃんとの思い出を振り返っていました。

小さい頃はじいちゃんの運転するトラクターが大好きで、すぐ膝の上に乗せてもらっていたのに畑を一往復する頃には必ず眠ってしまうことを大人になっても何度も話してくれていました。

 

小さいころから自分自身でメンテナンスを怠らず、ずっと変わっていないトラクター。

 

あの頃と同じように座ってみる。

小さかった頃の自分の目に入ってくる興味は畑ではなく、この操作パネルとたくさんのレバーを器用に動かすじいちゃんの手でした。

 

野菜や米がうまくいっても畑を広げたり、最新の機械を導入したりは絶対にしなかったじいちゃん。

「自分たちのやれる範囲だけで精一杯やればそれでいい」というのがじいちゃんの考えでした。

 

「人は1度楽をしたら元の生活には戻れなくなる」

というのも“今”を大切にしていたじいちゃんからの忘れられない言葉です。

 

 

無精ひげ姿をたったの一度も見せなかったじいちゃん

 

いつも身だしなみには厳しかったじいちゃん。

ボクはじいちゃんの無精ヒゲ姿をたったの一度も見たことがありません。

ほとんど家から出かけないのにも関わらず、必ずいつものカミソリでヒゲを剃っていました。

 

そして体調を崩して、歩くのもままならないようになってしまってからも、大好きな図書館や病院へ出かける数時間前には必ず靴を磨いていたのです。

 

本当に立派な後ろ姿でした。

 

じいちゃんから怒られたこともなければ、このようにしなさいと言われたこともほとんどありませんが、生き方や日々の生活を見ているだけで身につまされる思いになる人です。

 

 

 

じいちゃんから聞いた一番大好きな言葉

 

先日のブログに書いた通り20代後半になってからは帰省した時には、よくじいちゃんと相撲を見ながらいっしょにお酒を飲みました。

その時にボクに言ってくれたことで大好きな言葉があります。

それは…

 

「一人きりじゃどうにもならない事もあるけど、二人ならほとんどの事がどうにかなる」

 

じいちゃんは絵に描いたような昭和の人で、ばあちゃんを呼ぶ時は

「おい!」やら

「バカ野郎!」やら言うし

「ありがとう」なんて一度も聞いた事がない。

 

すぐそこに置いてあるものもばあちゃんに取ってもらうような人でした。

そんな人が酔っていたとはいえ、ばあちゃんの隣でこの言葉をボクに言ったんです。

 

「一人きりじゃどうにもならない事もあるけど、二人ならほとんどの事がどうにかなる」

 

すごくかっこいいし、すごく大きな愛情とばあちゃんへの感謝の気持ちを感じました。

まだまだ好き勝手やっているボクですが、心の奥底でいつかは結婚してみたいと思うのもこの言葉の影響が大きいです。

 

二人で生きること。

 

これにはもう1つ大切な要素があると感じています。

それは二人でいること、そして二人が同じ方向を向いていること。

 

なーんにもない荒れた土地を耕して、ばあちゃんとふたりで「いつか人並みの生活をしよう」といっしょに同じ夢を見てきたからこそなんとかならないことはなかったんでしょう。

なんでも便利で自分一人でできてしまう事が多い時代ですが、不便なことだって共有する誰かがいてくれれば、それも幸せの形のひとつかもしれません。

 

ボクもいつかはベクトルが同じ方向を向けるパートナーと出会って、じいちゃんに報告できる日が来たらうれしいですね。

いろんな人のおかげですでに幸せなのにそうなったらきっともう最強です笑

 

じいちゃんありがとう。

 

言葉が少ない人でしたが、ボクにとって生きることの模範のような人です。

 

おとうとおかあはじいちゃんが残した立派な庭を維持していけるかなぁ笑